結
最後に、大津が見た従兄は、哀しげに眉を寄せ、くちびるを噛んでいた。肩を震わせ、何かに、耐えるように。
大津だけが、忘れていたのだ。たとえ、二人の間に通いあうものがあっても、いったんそこに他人が入れば、敵でしかないことを。
――草壁は、ずっとそれを見つめていた。おれだけが、忘れていたのだ。
『裏切り者……!』
大津は、その瞬間叫んだ。
しかし、裏切ったのはだれでもない、大津だった。あの夜、たった一度だけの夜、草壁は、死ぬために大津を招いた。草壁を殺してやれなかったときから、大津は裏切り者になったのだ。
大津は、頚に、縄がかけられるのを感じた。恨みも、憎しみも感じなかった。ただ、草壁の望みをかなえてやれなかったのが悲しかった。
――許せ、草壁……。
目をおおう布を通して、大津は草壁を見たような気がした。あの、美しくまがまがしい、かれの愛したものを……。
『冬十月二日、皇子大津の謀反発覚。皇子を逮捕し、あわせて皇子大津に欺かれた直広肆八口朝臣音橿・小山下壱伎連博徳と、大舎人中臣朝臣臣麻呂・巨勢力朝臣多益須・新羅の沙門行心と帳内砺杵道作ら三十四人を捕縛。
三日、皇子大津に訳語田の舎で死を賜る。ときに年二十四。(巻第三十 持統天皇)』