なにかが、身体にまといつくようだ。
 陽炎か、そういえば、暑い……。
 ここは、どこだ。
 暗い、暗いのに、なぜ陽炎なんか。
 この緊張は何だ? 周囲にはりつめる、この……。
 足音、背後をつねに気遣いながら、ひたひたと逃げるように先をいそぐ足音。
 鈴鹿、鈴鹿の関か……?
 では、おれは行軍の最中か……?
 行軍、行軍だと。
 これが、笑わずにいられるか?
 行軍、これが行軍だと!
 聞いてあきれる。命からがら、大津の都を逃げだした。常に、背後を気遣いながら、一晩中駆け通して。追手がかからなかったのがうそのようだ。
 本隊に合流した今でさえ、背後に迫るものを思い、怯えている。ただひたすら先を急ぐ、この逃避行の、どこが行軍なのだ……!
 そうだ……。
 草壁が悪いんだ。
 女のように、輿に乗って、だから、おれは、馬に乗り続けなければなら……。
 ?
 腕が、重い、これは、なんだ……?
 太刀、か……?
 手のひらに吸いつくような、翡翠の飾り玉の感触。
 太刀だ……。では、向こうに見えるのは何だ、うす緑の光、あれは……。
 皇太子・草壁−−!
 手が動く、重い。
 それでも動く、鈍い動き。
 草壁が、おれに気づく。
 恐怖に引きつった顔。
 そうだ。
 怖がれ、おれはおまえを殺す、玉座にはおれが上る。
 それが最良の道だ。
 だから。
 おれは。
 おまえを。

 コ、

 ロ、

 ス、

 ……。

 腕が上がる。
 ようやく上がる、振りおろす。
 草壁の肩に落ち、血が飛び散る、草壁が苦痛に顔を歪ませる、眉を寄せ、くちびるを噛む。
 声はあげない。
 おれは再び太刀を振り上げる。
 のろのろとした動き。
 草壁が目を見開く。
 小さく、次第に強く。
 草壁が首を振る。くちびるが動く。
 やめてくれ、と。
 殺さないでくれ、と。
 助けてくれ、と。
 聞こえない。
 おれには聞こえない。
 振り下ろす。
 おれは。
 草壁を。
 ……!





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