烙印 |
「なあ、あんた、おれを買わないか?」 町で、いきなり声をかけられたのは、四度目のオーディションに落ちた夕方だった。 見ると、一九か二十歳くらいの小柄な男がおれを見上げてにっこりと笑っていた。 「今日で足を洗うつもりだから、うんとサービスするよ、どう?」 ハンサムというのではないが、きれいな肌理の細かい肌をしていた。スポットライトをあてると、ハレーションを起こすのではないかと思うほど色が白い。 おれが煮え切らないのにむっとしたのか、男は強引に腕をつかむと、伸び上がるようにおれにくちづけてきた。 「おい……」 逆らういとまもあればこそ、しっかりと頭を抱え込むと、するりと舌を滑り込ませてきた。 久しぶりに味わう他人の舌は、おれの身体を熱くした。男はそれを見越したように、すかさずおれのジーンズの前をさすりはじめる。ひっかけ橋と呼ばれる繁華街の中心に架かった橋には、夜の訪れとともに、多くの人間が集まりはじめていた。 男二人でラブホテルをとることはできない。誠と名乗った少年(ウソか本当か、年は一七と言った)は、おれを近くのシティホテルに誘った。そして、手慣れた様子でチェックインをすませると、先に立ってエレベーターに向かった。 「おい、言っとくが、おれは金なんか持ってないぞ」 この春大学を卒業し、中堅の商社に就職したが、おれは半年も持たずにサラリーマン生活をドロップアウトした。そして、そのまま目についた広告にのってモデルを始めて一月、いくつかの小さなスチールの仕事をやったあと、ぱたりと仕事がなくなってしまったのだ。 「あんたに払わせるつもりなんかないよ。どうせ、おれのパトロンがまとめて会社の経費にするんだから」 「おい、ちょっと待て。美人局か?」 「そうだったらどうするの?」 「帰る」 「……大丈夫だよ。パトロンって言っても実の親父なんだから、あいつとセックスなんてしたことないよ」 「本当に、おれと寝るつもりなのか?」 言ったと同時にエレベーターが止まった。 「そうだよ。あんた、男を抱いたことあるでしょ?」 誠はそう言って、部屋の鍵を開けた。 部屋は、どう見てもスペシャルルームだった。毛足が五センチはあるようなじゅうたんが敷かれ、豪華なソファには見事なゴブラン織のカバーがかかっている。紫檀のテーブルにおかれたグラスはベネチアングラス、湯呑みはグラスに劣らぬ瑠璃色の陶器だった。 部屋に着いてしばらくすると、ボーイが高そうなオードブルとカミュのスペリオールを運んできた。 「ごくろうさま」 誠は慣れた仕草でそれらを受け取り、テーブルに置いた。おれの方はというと、部屋の雰囲気にのまれて何もできなかった。 「少し飲もうよ。お楽しみは、それからだ」 少し潤んだような目でそう言うと、誠はグラスにブランデーを注いで小さく乾杯とつぶやいた。 くちづけを求めてきたのはやはり誠だった。くちびるが重なるとすぐに、舌を絡めてくる。今度は、おれもきちんと応えた。 長いくちづけに音を上げたのは、今度は誠の方だった。 「あんた、相当、遊んでるよね」 切れた息を整えながら、誠が言った。 「それはこっちのセリフだろ。おれは二十三、おまえは十七。年の差ほどの差があったか?」 「相手は男ばっかりだったの?」 「男はおまえで二人目だ。女の方は数えたことがないがな」 「そう」 「やり方なんか、知らないぞ」 「いいよ。教えるから」 「キスからか?」 「お望みなら、腕の組み方からでもいいよ」 「じゃ、ボタンを外してもらおうか」 言うと、誠はうれしそうにおれのジャケットのボタンに手を掛けた。 だが、口では慣れているように言っていた誠も、実はほとんど初めてだということがすぐにわかった。慣れていたのはキスだけで、そこから先は、結局おれがイニシアチブを握った。 「あ……、高行……」 服を脱いで、誠にも浴室に入るように促すと、シャワーカーテンを引いてコックをひねった。少し熱めの湯が、おれの背中にかかり、流れ落ちる。誠は、そんなおれの身体を見て少しあとずさった。 「来いよ、誠」 浴室は、湯気でうっすらと曇り、誠の身体がぼやけた。大きな浴槽の端に身体を寄せ、誠はいやいやをするように頭を振ったようだった。 「どうした、教えてくれるんじゃなかったのか」 おれはからかうように言って、誠の腕をつかんだ。そのまま引き寄せ、キスする。軽くくちびるに触れては離しながら、ささやきかける。 「おれは、どうすればいいんだ? うなじを吸おうか? それとも、耳を噛んだらいいのか?」 「あ……」 誠の身体はかすかに震えていた。つよく抱きしめ背中に回した左手で軽く開かれていた太股の内側を撫で上げると、誠は驚いたようにそこに力を入れた。 「誠……? どうしようか、キスでいいのか、それとも……」 ささやきながら、太股を撫でた手を上に滑らせ、脇腹から乳首に触れる。すると、うつむいていた誠の雄が、突然、力強く立ち上がった。 「ああ……!」 その口から短い叫びが漏れた。 「誠……?」 そのまま、親指で乳首を転がすと、その雄はますます力を増した。そして、それを追うように誠の声は苦しげになっていく。 「あ、あ……、た、高行……! も、どうでもいいから……、だから……あ……!」 「どうして、誠。おれはまだ二回目なんだから、いわれなきゃわからないぞ」 人差し指の爪で軽くこする。乳首はとっくに固く立ち上がっていた。 「好きにしてくれて、いいから、女、抱いたときと一緒でいいから、だから……」 息が上がっていく。おれは、空いている右手で、再び誠の背に触れた。背骨にそって撫で下ろし、そのまま割れ目に忍ばせる。固く閉じられたそれを無理矢理こじ開けると、人差し指を差し込んだ。 「!」 それと同時に、誠の雄は最初の極みをおれに伝えた。 「感じやすい身体をしてるんだな。まさか、あんなに簡単にイクなんて思わなかった」 最初の極みのあとを丁寧に洗い流して、おれはぐったりとしてしまった誠の身体を抱き上げベッドに運んだ。ダブルサイズの豪華なベッドの紺のカバーに誠の白い身体が眩しいほどだった。 「ほっといてよ……、あんただって、男はまだ二回目だって言ってたくせに……」 「女は数え切れないって言っただろ。女とちがって、最後がわかりやすくていいな」 「これで、おしまいにするつもり……?」 「おまえが、もういいって言うんだったら、おれはそれでいい。まだやりたいなら、お望み次第だ」 「じゃ、女にするみたいなあんたの最後が見たいよ。あんたは、まだイッてないでしょ」 言って、誠はおれのローブの帯を解き、おれの雄に手を触れてきた。 「これ、入れて……」 誠の口が、おれの雄をゆっくりと含んだ。舌が、絡みつく。 「誠……!」 女でも、進んでくわえてきた数は知れている。おれは驚いて、誠の髪をつかみ、引き剥がした。 「どうしたの……? されるの、いや……?」 誠の口から、唾液が糸を引いた。その手は、おれ自身にそえられ、小刻みにこすり続けていた。おれは、息を呑んだ。 「ねえ、どうしたの、高行……。続けて、いい……?」 おれが答えないのを了解と取ったのか、再び誠はおれを含み、舐め始めた。 「う……」 テクニックはさほどではない。おれは、考えた。この程度だったら、アメリカにいた頃にもっとすごいのがいた。おれは、誠がつむぐ快感に押し流されないように、考えた。 「ま、誠……! もういい、やめろ」 おれは、言って、誠の身体を引き起こし、抱きしめた。湿った温かい口腔から引きだされたおれの雄は、まだ、勃っていた。誠は、名残惜しげにそれに手を添え、上から下、下から上と撫でていた。 「どうしたの、高行」 誠は、おれの雄を離し背中に腕を回してきた。 「入れて、くれるの……?」 「おまえ、初めてじゃないのか?」 「どうだって、いいじゃない。入れてよ……。どこにいれるのか、知らないわけじゃないでしょ?」 「痛いって、言うぜ」 「知ってる」 「……、わからんな……、どうして、おれとしたいんだ?」 「あんた、二枚目でかっこよかったからだよ。だから、みんなが見てる前でキスしたら、おれを突き飛ばして、逃げると思ったんだ。それなのに、あんたはついてきた。それだけで、おれが快楽を提供する十分な理由になるだろ」 「……」 おれが、なおためらうのに腹が立ったのか、誠はそのままおれをベッドに押し倒すと、立ち上がったおれの上にその身体をおろしてきた。 しかし、慣れないせいだろう、誠の腰はおれの上を滑ってしまい、そのままおれの腿におろされた。立ち上がったおれ自身は、誠のそれとぶつかり、左右にゆれた。 「く……」 「簡単には、入らないさ」 悔しそうにする誠が、再び腰を持ち上げるのを押し止めて、おれは身体を入れ替えた。 「セックス、初めてだろ? そうじゃなかったら、単に押しあてるだけで入れられるなんて思わないだろうからな」 おれは、覚悟を決めた。そのまま、右手の人差し指で誠のくぼみを撫でる。その瞬間、誠はそこに力をいれ、おれの指を拒んだ。 「やっぱり、初めてだな。でなきゃ、しめると入れられないことぐらい知ってるはずだ」 「な……!」 「しばらく、我慢しろよ」 おれは、言って誠にキスした。深く、深くくちびるを合わせる。誠が、他に何も考えられなくなるまで、おれはキスを繰り返す。その一方で、ゆっくりと右手の人差し指を誠の中に沈めていった。少し痛んだのだろう、誠はおれの舌にわずかに歯をたてたが、それもおれはくちづけのなかに絡め取った。 「う……、はあ……あ……」 誠は、おれがくちびるを少し解放するたびに喘ぎ声を上げた。どうやら、すでにその身体は官能だけを追い始めている。くぼみは、おれの二本目の指を難なく飲み込み、さらに三本目をもくわえこんだ。 「誠、いくぞ」 おれは、言って、指をおれ自身の雄に替えた。誠には、どうやらなんのことやらわからないようだった。ただ、引き抜こうとした指を、名残惜しげに締めつけてきた。 十分に張りつめたおれの雄は、指よりきつかったのだろう、誠は一瞬苦痛の声を上げ、おれにしがみついてきた。くぼみは、おれを拒もうと力を入れる。しかし、その反応はやや遅かった。おれの雄はすでに誠の中にすっかり納まっていたのだから。 「――!」 ただ、その締めつけはおれを拒むことはできなかったが、おれもまたその締めつけに誘発される極みの瞬間を避けることができなかった。おれは、誠の身体を力一杯抱きしめ、そのうなじに顔をうめて達してしまったのだった。 「ねえ、あんた、おれがHIV持ってるって言ったら、どうする?」 誠が突然言ったのは、二度目が終わったあとだった。 「え?」 聞き返したおれに、誠は勝ち誇ったように言った。 「おれ、HIV・キャリア。だから、あんたも今日からHIV・キャリア」 「ああ、HIVね」 おれは、やっと、誠が言ったことばを理解し、うなずいた。 「そうか、HIV・キャリアか……」 おれは、言いながら、誠を引き寄せた。終わったあとに、『よかったよ、ありがとう』の意味をこめてキスするのがおれの習慣だったからだ。 「あんた、意味がわかって言ってるのか!? おれは、HIVだって言ってるんだ」 くちびるを求めたおれを押し退けて、誠は叫んだ。 「わかってるよ。おれは、あの騒動の最初の頃にニューヨークにいたんだから」 「あんた、HIVで死ぬんだぜ。なんで、そんなに平然としてるんだ!」 「おれは、平然としてるか?」 「噛み合わない奴だな、もっと、こう……」 「……、そうか、おれは平然としてるか……」 言われてみて、初めておれは自分の反応がたしかにちょっとおかしいかもしれないと思った。 「ウソだと、思ってるの……? あいにくだけど、ウソなんかじゃないよ。十年前に、サンフランシスコで交通事故にあって、その時受けた輸血が原因だってさ。薬が効いてるから、いまはほとんど健康に見えるけど、症状なんか、とっくにでてるんだから」 誠は、吐き捨てるように言った。 「業病で、一緒に死のうね……?」 「おまえ、死にたいのか?」 言ってから、おれはしまったと思った。 「いや、だから……」 「死にたくなくても、死ぬんだよ。おれは、近いうちにかならず死ぬことになってるんだから」 誠は、やっぱりね、とでもいいたそうな顔で勝ち誇ったように言った。 「でも、ひとりじゃ、いやだから、ね……。誰かに、一緒に死んでほしいんだよ。それも、自殺とかじゃなくて、同じ、この病気で苦しんで苦しんで、いっそ死ぬほうがましだと思いながら、それでも治療を受け続けなくちゃならない、そんな死に方を一緒にしてくれる人を探してるんだよ……」 おれが、ひるんだと思ったのか、誠はおれの首に手をそえた。 「一緒に、死んでくれる……?」 誠の手に力がこめられ、その親指がおれの首に食い込んだ。 「わかった。死んでやる」 おれは、言った。 「!」 誠の手が、おれの首から離れた。 「検査で感染がわかるまでに、二ヶ月はかかるから……。その間も、ちょくちょく会えるな?」 「なんで……」 「なんでって、一回ヤッたからって確実にうつるほど、HIV・ウィルスは感染力は強くないぞ」 「あんた、わかんないよ……。おれをからかってるのか?」 「からかって、どうする。おれは、おまえと一緒に死んでやるって言ってるだけじゃないか」 「それが、からかってるって言うんだよ。だれが、初めて会った奴に、一緒に死んでやるなんて言えるんだよ! そう言ってりゃ、おれがあれはウソでしたとでも言うと思ってるんだろ!」 「おまえ、ウソじゃないって言ったじゃないか。だから、おれは一緒に、HIVで死んでやるって言ってるんだ」 「……、普通、もっとパニック起こすぜ! HIVだぜ!? 確実に死ぬんだぜ……! なんで、驚かないんだよ! 汚いものを見るような目で見ないんだ? おれは、もうとっくに発病してるんだ。この薬だって、いつまで効くかわかりゃしない。もし、効かなくなってしまえば、おれは病院に隔離される。両親だって、もうオレに近づきゃしない。くさるほどの金で、おれを、自分たちの目にはいらない場所に追いやった。きっと、おれは、もうあいつらのこどもじゃなくなってる。そんな、おれに……」 誠は、言葉を切った。いや、言葉につまって、黙り込んだのだ。 「何度でも、言ってやる。おれは、おまえと一緒に死んでやる。おまえがいやじゃなかったら、一緒に住もう。一緒に、苦しんでやる」 「わかんないよ……。あんた、おかしいよ……。狂ってるよ。あんた、おれのせいで死ぬかもしれないのに……、いや、確実に死ぬんだ。それも、何よりも苦しい死に方で、あんたは死ぬんだ」 誠は、両手で顔をおおった。肩が震えている。 「泣くなよ、なんで泣くんだ……?」 「あんた、わかってないよ……! あんたが、悪人じゃないのなら、おれが悪人なんだ! あんたが、おれを許すなら、おれはおれを許せなくなるじゃないか……!」 「誠……!」 おれは、どう言って、おれの気持ちを伝えればいいのかわからなくなった。どうしたら、誠は、おれの気持ちをわかることができるだろうか? 顔をおおって泣き崩れた誠を、おれは抱きしめた。 「あんた、わかってない……。おれがほしかった言葉は、そうじゃなくて……、だから……」 泣き喚く女なら、キスしてやれば済む。キスして、抱きしめて、髪を撫でて。 おれは、誠の顎をつかみ、上向かせた。 そのくちびるに、おれのくちびるを寄せる。 しかし、くちづけは、誠の腕に阻まれた。 「触るなよ! 偽善者!」 叫んで、誠はおれを突き飛ばした。 「サイン、してよ。住所と電話番号書いて、『おれの誠へ』って一言そえて、サインしてよ」 誠は、油断して跳ね飛んだおれに、黒皮のアドレス帳を投げつけた。 「こっちから、連絡するよ。絶対に、断るなよ。おれが、会いたいって言えばどんなことがあっても飛んでこい。抱けって言ったら、抱くんだ。そして、……」 「おれが、おまえを抱きたいと思ったら、どうしたらいいんだ……?」 おれは、投げ付けられたアドレス帳を拾いながら尋ねた。 「我慢しなよ。ひとりでマスでも掻いたらいいさ」 おれは、アドレス帳のサ行の新しいページに、『清水高行』とサインした。そして、『おれの誠へ』、と書き添える。 「かならず連絡しろよ」 変えたばかりの携帯の番号を、書く。 「もちろんするさ。清水さん」 誠は、脱ぎ散らかした服を一枚一枚身に付けながら言った。 「あんたが、番号教えたのを後悔するくらいね」 誠は、そう言って、アドレス帳を受け取ると、キーを持って出て行ってしまった。 そして、誠はそれっきり、三ヵ月以上も何の連絡もよこさなかった。 ようやく、掛かってきた電話は、もう、春が来ようとする頃だった。 「検査、受けた?」 非通知のその電話に出ると、いきなり、そう言った。 「誠だな、元気か? どうしてるんだ。あれから何の連絡もよこさないなんて、身体が悪いのか、どこから掛けてるんだ?」 「検査、受けたかって聞いてんだよ。さっさと答えろよ」 「陰性だった。だから、早く、もう一度会おう。でないと、おれは、おまえに間に合わなくなるかもしれない」 「あっそ、じゃあね」 「誠! 切るな! まこ……」 短い電話が、最初で最後だった。 おれが、誠の消息を知ったのは、それから半年たった秋のはじめだった。黒縁のはがきが、マンションの郵便受けにひっそりと納まっていた。そこには、ありふれた文面で、誠の死が書かれていた。 HIV・キャリアだと言った誠は、本当に死んだのだった。 おれは、HIVで死んでも、いっこうにかまわなかったのに、誠はひとりで死んでしまった。 おれの命は、すでにつきているのだから、誠と一緒に死んでやりたかったのに。 そう、命がつきているというのは正確ではない。ただ、おれは、次の代につなぐべき命を持っていないのだ。そのことを、おれはたしかに理解している。 ――『連綿と続く種の鎖。人間という種の、男と女の築き上げてきた、そしてこれからも築かれていく歴史――。 あんたはその鎖から外れてしまったんだ』 そう言った、あの少年は、いま、どうしているだろうか? ――『おれが、その鎖のなかに埋もれるために』 そう言えば、もうあれから二年以上が過ぎたのだ。 ――『一九九X年一月五日。あんたは死んだんだ』 誠、おまえは、おれを理解しただろうか? ――『以前と変わらぬ赤い血の流れる体。誰が見ても以前のあんたとまるきり同じ体。触れることもでき、くちづけることもでき……』 もしも、理解できなかったとしたら、おまえは罪の意識に苛まれるのだろうか? ――『けれど、あんたの生は、ひとつの命のためだけの生。何も生み出さない、それがあんたの一生――』 そうでなければいいと、おれは祈る。 ――『決して実を結ばぬ、快楽だけのセックス』 ついに、二度と会うことがかなわなかったおれの誠。 誠のアドレス帳に書かれていたおれの名を、誠の家族はどう感じただろうか? 誠……。 おまえのことを、無理矢理にでも聞いておくのだった。そして、もう一度おまえを抱きしめて、おもいきりキスしてやりたかった……。 ひっかけ橋に立つ。 プロ野球のペナントが、その日、決まった。 人々が熱狂しながら橋を越え、川に飛び込む。 景気のいいマーチが鳴り響くなかを歩きながら、二度と抱いてやれなかった誠を、おれは探し続けた。 |
古いものになります。10年以上前に書いたと思う。蔵出しシリーズっていう感じです。 でも、誰かに読んでほしい(笑)。もともと、こういう話を書いてた人間です。 そして、これ一本では、ぜんぜんわからない話です。でも、この前に当たる話は、エピソードを一部変えないとさすがにまずい(苦笑)。どうなるかなー……。 |